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2016 03.06

ぼくたちが中に入るもの

着るものに、無頓着だ。

不潔でなければいいし、

相手に失礼がないのなら、体が入りすればいいし、

信号と間違われてボタンを押されたり、

モアレ化して相手をノックアウトしそうでなければ、

とにかく着れればいい。


そんな自分が時々人はどこから来てどこへ行くのか的にはまる命題が

人が服になるのか、それとも服が人になるのか、だ。


もう一度言おう。


人が服になるのか?

服が人になるのか?


デザインに興味があるから、意外かもしれないが、実はブランドやファッションには案外明るい。

忙しくなければファッションショーの中継は全て目を通すし

デザイナーが新しく出したコレクションなんかは早く見たくて仕方がない。

数十万の服に桁が違う鞄の実物を、デパートに見に出かけることもある。


けれど、欲しいと思うことは少ない。

いや、正確には美しいものは欲しい。

けれど、今の自分の中身で身につけれると思ったものは、少ない。


数十万の鞄は今の自分の中身では不釣り合いだし、あのブランドの数十万の服も

今の自分では、すかすかだ。

もっと、もっと、しっかり中身を詰めて、さらりとあの国の都市計画の成功と

あの国の経済指標について語り、そしてかの国の貧しい子供達のためにさらりと手を差し伸べ

そんな人になってからでなければ、あんな鞄もあんな服も着れない。

だから、服でこそないけれど「よし、買っていい」とさも丁重に手袋で棚から下ろしてもらって購入した

ぴったり十万の鞄が、今の自分にはちょうどいい、と感じている。


私にとっては、人が服になる、のだ。


そんな話を昔友人にしたら、あらバカね、とたしなめられた。


服が人になるのよ、

数千円の服を着たら、その人は数千円の人になるの。

数十万の服を着たら、その服みたいにその人はなるように努力をするの。

だから、人はいい服を着て、いい鞄を持って精一杯おしゃれをしなくちゃ。

人はそのあなたを見てあなたを判断するし、あなたはその服なの。わかる?

だから私は精一杯いい服を着ていい車に乗る。いい鞄を持って、いい靴を履く。

そうしたら私は、素敵な人になるのよ。外も、中身もね。


そんな考え方もあるのか、と驚いたのと同時に肩をすくめて言い返した。


だってさ、そんないい服きたら、そんなおしゃれをしたら、今よりももっと努力をして

寝ないで本を読んで、心を落ち着けて、あの人を助けて、あの人を愛して、旅をして、

そうしないと衣装に追いつけない。

服と中身が一致しないなんて、最低だ。そうでしょ?


そうね、


と友人。


服は鎧のようなもので、これを着ると立てるの。きっと男のスーツもそうね。

おしゃれをして、いいものを身につけるとね、私素敵、って、そう思えるの。

窓ガラスに自分が映るたびに、自分っていけるじゃん、って思えるの。

わかる?

あのね、誰もがあなたみたいに、自分の中身に自信がないの。

自分の中身を外に見せてそれで気にならない、そういう人ばかりではないのよ。

これは鎧。これは変装、これは仮装。

きっとこの鎧をつけたら強くなれる、賢くなれる。

それが服、それが服なの。

ねえ、ところであなたいつまでたっても、学生みたい。


気楽に生きてるからかな、自信は無いよ。


と自分。


本当はあるのよ、服に無頓着な人って、みんなそう。


と友人。


服が人を作るのもきっと本当だし、人が服になるのも本当だけど

一番かっこいいのはやっぱり

あのブランドとかあのスタイルとかそんなことじゃなくって


ふとその辺で気分でぶらりと買った服を

起き抜けに適当に手を伸ばして掴んで着て

それから背筋を伸ばして仕事をして

子を抱き妻を愛し

時々久しぶりにカフカなんか取り出して読んだりして

何もかも自然で考えてなんていなくて


そういうのをおしゃれな人っていうんじゃないかな


というのが、自分の結論。